北野武の「余生」

On 2013/07/13

 

だいぶ古い本なのだけど、北野武の「余生」を読む。

 

もう6、7年前になるのだけど、僕は意識のないまま階段を真っ逆さまに落ち、右顔面を陥没した。当時、僕は過労だったのだと思う。仲間と作ってきた会社を潰すか否かのプレッシャーに常に晒されていた時期だ。いまとなっては定かではないのだけど、魂が抜けるみたいにすーっと意識がなくなった。気がついたら病院の手術台みたいなところで医者に顔を覗き込まれていた。「はい!」って手を叩いた瞬間、ぐじゃぐじゃになった顔の自分が病院のベッドにいる。そんな感じだった。人間の生と死は表裏一体なのではなく、死は生の中に突然落ちているものだと思った。

 

右半分の頬骨がボロボロになり、脳挫傷の危険を指摘され、様々な検査を繰り返した。顔にプレートを入れる全身麻酔手術の時には完全に開き直っていた感があった。突然置かれた状況を理解しようとしても無駄。こうやって簡単に色々終わるんだなーとだけ思った。その時、もっと生きたいと願う気持ちがあったかどうかはいまとなっては定かではない。

骨折は自然にくっついていくが、実はそこからが大変だった。意識のないまま高いところから真っ逆さまに顔面から落ちたため、その衝撃は体の骨格に大きなズレをもたらした。顎関節症、頸椎ねんざ、腰椎ねんざ、四十肩、次から次へと体に異変が現れ、どんどんボロボロになっていく。ズレた骨格は、結果的に内蔵をも蝕んでいった。その結果、潰瘍性大腸炎と言う特定難病疾患を煩ってしまうこととなった。この難病のせいで今度は一日20回くらいの下痢と下血を繰り返すこととなった。排便は人間の生理現象だ。これがコントロールできなくなると、今度は精神を病むことになる。そしてそのまま鬱に片足を突っ込んだ自分がいた。病院に行く度に持ちきれないくらいの薬を処方された。

あまり薬だけに頼るのは気分が悪かったので、半分自棄糞状態で、考えられるあらゆる治療法に手を出した。西洋医学は勿論のこと、東洋医学、漢方、鍼、ホメオパシー、バッチフラワー、ヨーガ、スピリチャルカウンセリング。何かだめなら、他の手を打つ、と言う単純なロジックをこの時学んだのかもしれない。

 

しかしながら、どれも結果的に大きな変化をもたらさなかった。結局、会社を辞める覚悟で会社を休職し、家族でハワイに行った。有休は腐る程あったので、ただひたすらサーフィンをして子どもと遊ぶ日々を過ごした。少しずつ心がほどけていったのを覚えている。PCを極力開かないように世界から自分を遮断しても、仕事のことを忘れるのには1ヶ月かかった。その後も少しずつ鎧がはがれていき、3ヶ月後には体調はずいぶん改善していた。これが所謂ハワイの不思議な力だったのかもしれないし、単純にしがらみを捨てて一歩踏み出したことによって、自分の中に宿っていたマイナス因子をプラス因子に置き換えることができた効果なのかもしれない。

 

3ヶ月後、日本に戻り、会社はそんな僕を引き続き大事に受け入れてくた。それだけでなく、当時の社長は僕をプロデューサーからクリエイティブディレクターの職に変更し、お金やスケジュールの管理に重きを置くPとは違い、よりクリエイティブに没頭できる環境を与えてくれた。これが後々大きな転機となり、クリエティブの楽しさを再認識することで、色々な賞の受賞にも繋がっていった訳だ。

体調的には、ある日、突然の今までにないほどの酷い嘔吐下痢に襲われる。水を口に含むだけで、下痢と嘔吐を繰り返した。それがまるまる3日間続いた。終わった時には、薬を飲まないでも潰瘍性大腸炎の症状がでなくなっていた。いまとなっては摩訶不思議としか言いようがない。おそらく究極のデトックスだったのであろう。細胞レベルで何かが削ぎ落とされる様な異変だったのかもしれない。

 

そんな事で、今もあの時の事故から考えると僕もまた「余生」を生きているのだと思う。時間がかかったが、再びこうしてハワイに来ている。

 

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*企画は身体性。良質な企画は世の中を変える。
*良きインプットが良きアウトプットを作る。

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